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【人屋根・hitoyane】人の営みの上にかかる屋根。『会う』『企てる』『食べる』そんな、にっぽうの家で体感する『今日』が生まれる家です。

忘れたくない
今日を報告する、
にっぽうの家の、
最初の今日。

パッと思い出される過去の出来事で、日付を思い出せるものが、いくつありますか。
実は僕はそんなにありません。

上士幌に移住した日付を忘れたし、この家がつくられることが決まった日付も忘れました。
誰かが話し始めたもので、最初にその出来事の日付から始まると、「そこまで強い記憶なんだな」と感心するくらいです。

日々の喜びの日付や細かな部分を、人は忘れるんですよね。でも、本当は忘れたくない。
だから、この家では「にっぽう」として、日々の喜びを世界中の人に報告していきます。

僕ら(家の人)もにっぽうを書くし、町の人にも書いてもらいたい、仕事で町に来た人にもやってみてもらいたい。
にっぽうをほぼ毎日書こう、と決めてから、仲間うちでこんな会話が増えました。

「さっき、こんなことがあってさ…」

「それ、にっぽうに書けるね。」

「こんなことを言ってもらえた。」

「にっぽうに書きたいね。」

そんな会話が生まれていることを目の当たりにすると、にっぽうを書くことと同じかそれ以上に、日々の喜びを探す行為に意味があるように思います。

町の当たり前の日が大切に思えたり、仕事の成果だけではなく、そこで感じたことにまで自覚を持てたり。

明日の心配の前に、今日のよろこびを見つけることは、それだけで前向きですよね。
忘れたくない今日を報告する家は、忘れたくない今日を探して、見つめる1つの仕組み、みたいなものかもしれません。

報告すること、と探して見つめることを、大切にしたい。
今日、忘れたくないことは、そんな“書く姿勢”でした。